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異常なホーキングの新著The Grand Design

January 24, 2011
渡辺 久義

スティーヴン・ホーキングの新著(共著)The Grand Designは、やはり前に書いた通 り異常な書である。ただ著者がカリスマ的な人物であり、これを利用したがっている無神論者やメディアが存在することを思うと、これを異常だとして無視するわけにいかない。そもそも「大いなるデザイン」という書名が眉をひそめさせる。この本は、いかに宇宙がデザインされたものでないかを主張するものだから、これは逆説的な効果 を狙ったものであろうが、それにしても異常である。

「デザイン」は当然「デザイナー」を前提とするが、デザイナーは存在しないというのがこの本の主旨だから、これは「デザイン理論」の台頭によって無視できなくなったデザインを逆手にとって、デザインの概念の換骨奪胎を狙っているのだろうか? だとすると「作品とは作者を持たないもののことだ」と説明するようなもので、ここまでくると正常とは言えない。

これはドーキンズが、自然界が見事にデザインされているのは、実はデザインされているように見えるだけで、我々の世界は「デザインと見まがうほどの見事なまがいもの」なのだと言ったのと全く同じ詭弁である。頭脳のすぐれた無神論科学者が追い込まれて発した狂気と言うべきであろう。

まず冒頭で「哲学は死んだ、哲学は科学の発達に追いつけない」と言っているが、あるユーチューブでこれを叩いているように、これだけでも馬鹿げている。果 たして少し読み進むとこんなことを言っている――「我々は自分のすることを選ぶことができるように思っているが、生物学の分子的基礎を理解すれば、生物学的過程は物理化学の法則に支配されており、したがって惑星の軌道と同じように決定されていることは明らかだ。…我々は生物学的機械以上のものではなく、自由意志は幻想にすぎないようだ。」(31-32頁)

たいていの人はここで愛想を尽かして読むのをやめるだろう。自ら認める通 り(30頁)、ホーキングの「哲学」が極端な科学的決定論であることがこれだけでもわかる。人間をこのように理解すれば、我々は生きているのでなく、生きているように見えるだけである。ヴァーチュアル世界に生きる人間を描いたある映画にふれて、彼は言う――「これはそれほど奇想天外なわけではないだろう。なぜなら、ウェブサイト〈セカンド・ライフ〉のような、仮想現実の中で好んで時間を過ごす人々が多いからである。我々がコンピューターの作り出したドラマの中の人物ではないと、一体どうしてわかるのか?…これは、我々がみな誰か他人の夢の作り出したものだという考え方の現代版である。」(42頁)「我々はごく初期の宇宙の量 子的ゆらぎの産物である。宗教的な人であれば、神は現実にサイコロ遊びをされる、と言うこともできよう。」(139頁)

唯物論(無神論)は、物的存在という堅固なものを土台としているのだから、最も現実的な思想であるかのようだが、実は、虚を実とし、実を虚とする思想であることがこれでわかるであろう。我々は生きた中心につながったときにだけ、現実に生きている。この疑う余地のない認識を非現実的だと言いたがる人たちのなんと多いことか。

本書の究極の目的は、この宇宙が人間を頭に置いて設計されたとしか思えない驚異的な宇宙的微調整の事実を「偶然」だと言いくるめ、神を否定することにある。そのために「発明された」(シェーンボルン枢機卿)のがいわゆる「多重宇宙仮説」である――「歴史を通 じて多くの人々が、その時代には科学的説明をもたないように見えた自然の美しさや複雑さを神のせいにしてきた。しかしダーウィンとウォーレスが、生物の奇跡的とも見えるデザインが至上の存在の介入なしに現れうることを説明したように、多重宇宙の概念は、物理法則の微調整を、我々のために宇宙をつくった好意ある神の必要なしに、説明することができる。」(165頁)

つまり多重宇宙仮説とは、無数のランダムな宇宙創造を仮定すれば、我々の宇宙のようなものもきっとできるだろうという、ダーウィニズムの宇宙論への延長である。(因みに、ウォーレスは晩年ダーウィニズムを棄てた。)

ホーキングはこの宇宙も人間も「無からの自然発生」によるものだと言い、コンピューターの「生命ゲーム」と生命の本質的な区別 はないとも言う(最終章)。学者がどのような思想を発表するのも自由である。しかし、それがきわめて恣意的で薄弱な根拠によって、生命軽視へと導くようなものであるとしたら、それが社会にどういう影響を与えるかを考えてみなければならない。明らかにそれは人間破壊思想である。それが外に向かって暴発したのが20世紀の数々の大量 殺戮であった。それが内へ向かって内攻すれば、試しに人を殺してみるといったような異常精神を生み出すだろう。

もしこの本が、無神論・有神論をめぐる科学論争のこの時期に戦略的に出されたものだとしたら、確実に無神論陣営のマイナス点を稼ぐものである。

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