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収束的遺伝子進化:導かれない進化では「驚くべきこと」、IDでは予期されること

Casey Luskin
September 1, 2010

Trends in Geneticsの最近の論文Causes and evolutionary significance of genetic convergence(遺伝子収束の原因と進化論的意味)は、遺伝子や遺伝子配列の「収束的」現れとみえるものについて、また導かれない進化がいかにこれを説明することができるかを論じている。この論文は「収束」convergenceを「異なった血統に同じ特徴が独立して現れること」と定義している。したがって遺伝子収束とは、異なった血統に同じ遺伝子的特徴が独立して現れること、となる。この論文は初めに、収束進化がいかに広く見られる現象であるかを説明する――

最近の、広く用いられる遺伝学および/あるいは系統学的アプローチは、よく見られる応用された特徴の進化の、さまざまな例を明らかにしている――眼の多方面 の出現、コウモリとイルカにおける音波探知、脊椎動物における皮膚色素調整、相利共生のためのチョウの擬態、植物におけるある花の特徴の収束、そして特定のタンパク質の特性の多方面 の独立進化など。(Pascal-Antoine Christin, Daniel M. Weinreich, and Guillaume Besnard, “Causes and evolutionary significance of genetic convergence,” Trends in Genetics, Vol.26(9):400-405(2010))

しかし、これらの相似的特徴が広く異なった生物に現れる原因は何だろうか? この論文は、「収束的」表現型の相似性を、しばしば「収束的」な遺伝子の相似性に根拠づけている――「諸研究は、表現型の収束が相同的遺伝子の変化に由来することを突き止めた。本論文では、このような現象を一歩進めてconvergent recruitment(収束的組込み)と呼ぶことにする。」あるいは概要に書かれているように――

この問題についての積み重ねられた研究は、分子レベルでの収束進化の驚くべき実例を報告している。それは類縁の遺伝子の繰り返し起こる組込みから、遠い血統における同じアミノ酸の置き換えにまで及んでいる。

言い換えると、この論文が説明するように、収束的表現型の特徴は、収束的遺伝子進化によって起こるもので、後者はおそらく「異なった遺伝子における変異の一つの結果 として、ある特定の表現型へ変わろうとする強い傾向をもった潜在性が生ずることから来ている。」

ネオダーウィン進化は目標に向かうものではないことになっているが、何らかの力が――遺伝子レベルにおいて――同じ特徴を独立的に繰り返し発生させようとしている。著者たちはもちろん、進化の背後にいかなる種類の目的をも認めていないが、この論文の、有益な進化的変化へ向かう「潜在力」potentialとか「予定的傾向」predispositionといった目的論的文言は、目を引くものである。この目的論的主題と相俟って、この論文は予定適応という考えにまで触れている――

遺伝子は新しい機能のために選ばれるためには、2つの幅広い基準を満たさなければならない。(1)それらは祖先の機能の喪失や変化による有害な影響なしに、新しい仕事のために組込まれることが可能でなければならない。(2)それらの遺伝子表出のprofile(履歴?)と動力学が、その新しい仕事に適していなければならない。

この論文はこう説明する――

この2つ目の基準に関しては、新しい機能のための候補遺伝子のプールは、両立する触媒特性をもった酵素をコードする遺伝子か、それとも強く有害な移行段階なしに連続して代理形態をつくることによってその特性を得ることのできる遺伝子に、おそらく限定される。…より適した動力学によってタンパク質へ移行するが、より低い適合性をもつ移行段階を伴う移行は、起きる可能性がより低い。だから、連続的に有利な一つひとつのヌクレオチドの代理形態を通 じて最適化された酵素にいたる進化の経路が、より多く取られるだろう。

もし新しい有用な表現型にいたる機能する遺伝子の道筋がそれほど危険に満ちたものであるなら、著者たちは「収束的組込みは、ある特定の表現型をつくり出すのに適した遺伝子はまれであることを示している」という現実に直面 しなければならない。あるいはこの論文の概要にあるように、「分子進化は、ある場合には、新しい機能をつくるのに適した限られた遺伝子素材と、特定の酵素特性を与えることのできる限られた数の代理形態の結合によって、著しく束縛されることになる。」

機能する表現型の存在は厳しく制限されているという見解は、George R. Mcgheeの著書The Geometry of Evolution: Adaptive Landscapes and Theoretical Morphospacesにも見られる――「収束進化の意味するのは、自然界において生きていく方法には限られた数しかないこと、いかなる特定の環境でもうまく機能する方法は限られていることである」(p.34)

我々はいま、この上ない厳しい立場に立たされている。「適合する」ことの明らかに「まれな」遺伝子が、「限られた数の機能する方法」の一つを見出すために「制限された数の代理形態」を通 過することしかできない。もしネオダーウィニズムが、機能する遺伝子配列を見つけることが一度でも難しいとわかったら、その同じ遺伝子配列に何度も何度も繰り返し躓き続けるというのは、どういうことなのだろうか?

共通祖先が説明として役立たなくなっても、なぜ相似した遺伝子配列が、異なった生物に繰り返し現れるのかを説明する、よりよい説明はないだろうか? 知られた原因でこれをなすことができるのは何か? スティーヴン・C・マイヤーはそれを示唆する――

意志をもつもの(agents)は、遠くの目標を頭において物事を配置することができる。彼らが言葉を使うときは、彼らは常習的に、(語の)結合の可能性の広大な空間の中から、高度に個別 化された、(確率的に)ありえない機能する配列を「見出す」ものだ。(Stephen C. Meyer, “The Cambrian Information Explosion,” in Debating Design (2004), p.388)

収束進化は、これらのまれな機能する配列が一度だけでなく、繰り返し発見されたことを意味している。おそらく、まれな機能する配列の存在を説明する最もよい説明はインテリジェント・デザインである。ポール・ネルソンとジョナサン・ウエルズは、なぜIDが、相似する遺伝子配列が繰り返し現れるかに対する生きた説明であるかを説明している――

知的原因(intelligent causes)は、同じモジュールを、異なったシステムにおいて、  必ずしもそれらのシステム間に物的・物理的な結びつきの必要なしに、再利用したり再配置したりすることができる。もっと簡単に言えば、知的原因は全く同一のパターンを独立的に作り出すことができる。(Paul Nelson & Jonathan Wells, “Homology in Biology,” in Darwinism, Design, and Public Education, p.316)

収束的遺伝子進化とは、実はインテリジェント・デザインを指し示すものではないのか?

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