2006年1月16日付け世界日報「Viewpoint」

ドーヴァー判決の意見表明に問題

渡辺久義(京都大学名誉教授)

 米ペンシルヴェニア州ドーヴァーでID(インテリジェント・デザイン理論)を公立学校の理科教育に取り入れることの是非をめぐって争われていた裁判で、IDを教えるのは宗教教育に当たるから違憲だとする裁定が下りたために、このところ盛んだったアメリカのID論争に新たに火がついた形になっている。

 反ID側つまりダーウィニストたちは、鬼の首でも取ったようにこの判決を歓迎するであろう。まず事実を明らかにしておきたい。これはIDという新しい理論に飛びついてこれをさっそく教育の場に持ち込もうとした地区教育委員会に対して、反対派が起こした訴訟であって、ID主唱者たちが直接関与しているわけではない。彼らはむしろ学校教育に持ち込むには時期尚早として反対していたのである。

 だから一般人と一線を画するID派の学者たちは、この判決自体に異を唱える理由はないのである。裁判官は相撲の行司と同じでどちらかに軍配を上げなければならない。ID論者たちがこれを捨て置けぬ と考える理由は別のところにある。それはジョン・ジョーンズ判事の判決でなく、判決文で述べた意見表明にある。

 すでにいくつかの批判が出ているように、ジョーンズ判事は僭越にも、科学や宗教はどうあるべきかということまで裁定しようとし、自分のこの見解は他の類似の訴訟の、無用の手間を省くのに役立つだろうと言ったのである。それが立派な見解であるなら文句はない。

 まず彼は、ダーウィン進化論への批判を生物の授業で教えることは政教分離の原則に反すると言い、次にダーウィニズムと創造主信仰は矛盾するものではないのに、そう思い込んでいる被告やID提唱者たちは大変な誤解をしているのだと言った。これは裁判官というより一常識人としての見識を疑わせるものである。

 ダーウィニズムははっきりと唯物論の立場をとる。つまりこの宇宙自然界は超越的次元などなしに十分に説明できる、そういうものを考えてはならない、という立場である。これに対してIDは、超越的次元を考えなければ説明できないという立場である。どちらも一つの哲学的な前提であり、宇宙の起源、生命の起源といった問題にかかわる以上は、こういった哲学的立場を選択せざるをえない。それは信仰的立場と言ってもよい。いわゆる信仰だけが信仰なのではない。ダーウィニズムも信仰なのである。問題はどちらがより強い説明力をもつかということである。

 ダーウィニズムと創造主信仰は仲良く同居できるといったジョーンズ氏の見解が見当違いなのは、例えば、代表的ダーウィニストであるオックスフォードの生物学教授リチャード・ドーキンズの「宗教信仰は世界の最大の悪の一つである。それは天然痘ウィルスに似ているがもっと根絶困難である」といった言葉からもわかるであろう。またドーキンズに劣らぬ 信仰的ダーウィニストであるダニエル・デネットは、「ダーウィニズムは、それが触れるあらゆるものを溶かしてしまう容器の存在しえない強力な酸である」と言い、「どうしても必要となれば、安全上、宗教は檻に閉じ込めなければならない」とも言った。

 そんなことを言う人は特別で、普通 はそこまで言わないし考えないだろうと思う人は、ダーウィニズムの本質を見誤っている。これが本音である。同様に、ID理論家はおそらく大多数が宗教的信仰をもっている。そんなことは隠すことではない。彼らがそれをはっきり言わないとすれば、それは厳密な科学的論証をする立場にまず身を置いているからにすぎない。

 何よりも、そもそも科学と宗教が、全くカテゴリーが違うものであるかのように考えるのが間違っている。真理は一つしかない。その一つの真理を追究しようという話である。だからダーウィニストがID論者に対して、「お前は宗教だ」などと言いさえすれば息の根を止められるかのように考えるのはおかしい。科学と宗教が対立したのは昔の話である。だからID論者は、そんなふうに言うダーウィニストに対して、「おいおい、これはあんたの専門の話だぜ」と言っているのである。

 そうなったのは、超越的次元を取り込まざるをえなくなるような宇宙論的・ミクロ的なもろもろの証拠が現れてきたからであるが、科学者が科学的レベルでいう宗教とは要するに脱・唯物論ということであって、これは世界解釈の強力なパラダイムなのである。「強力」というのは、その上に立つことによって今まで見えなかったものが見えてくる、今までつながらなかったものがつながってくる、という意味である。教育基本法の「宗教に対する寛容」といった言葉に含まれる宗教ではない。あれは「頭の弱い子をいじめないようにしましょう」という意味であろう。ダーウィニストの利用する言葉の古いニュアンスに騙されてはならない。

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