オオシモフリエダシャク再考

ジョナサン・ウエルズ
(ディスカヴァリー・インスティテュート上級研究員)


生物進化を学ぶ学生は、すべて必ずオオシモフリエダシャク(peppered moth)のことを学ぶことになっている。産業革命の進行中、この蛾の黒っぽい(melanic暗化型)形態Biston betularia が白っぽい(typical 標準型)形態よりも、はるかに多く見られるようになった。しかしその後、汚染防止法が通 過して、黒い方の割合は下降した。1950年代の実験で、蛾の隠蔽色化と鳥の選別 的捕食がその原因だと指摘され、「工業暗化」は自然選択による進化の古典的なストーリーとなった。

しかしその後行われた研究で、この古典的なストーリーには大きな欠陥があることが判明した。今、これを見直すべき時がきている。

古典的物語

1896年、J・W・タット(Tutt)は、標準型は、汚染されていない林野では、木の幹に生える白っぽい地衣類(こけ)が背景となり、うまくカムフラージュされているが、汚染によって地衣類が死滅して、樹皮がむき出しとなり、幹が黒っぽくなった林野では、暗化型がよりうまくカムフラージュされるのだと考えた。目立つ蛾の方が、これを餌とする鳥に食われる可能性がより大きいわけだから、タットは、暗化型の割合の増大の原因が自然選択にあるとみた。

1950年代に、バーナード・ケトルウェル(Kettlewell)は、数百匹のオオシモフリエダシャクを(標準型、暗化型ともに)数を確認し、イングランド、バーミンガム近郊の汚染された林野の木の幹へと放つという実験を行って、この考えが正しいかどうかテストした。ケトルウェルは双眼鏡を使って、暗化型が標準型より目立たないらしいこと、そして鳥は目立たないものより目立つ蛾を、よりたやすく捕食することを観察した。その夜、彼は蛾を再び捕獲したが、暗化型が27.5%であったのに対し、標準型は13.0%にとどまり、これは高い割合の暗化型の方が、捕食されずに生き残ったことを示唆するものであった。ケトルウェルは後に、イングランド、ドーセットの汚染されていない林野で同じ実験を繰り返したが、そこでは再捕獲のパーセンテージは、バーミンガムでの実験の逆になった。彼は「進化論で想定されている通 り、鳥が選択の要因として作用する」という結論を出し、「工業暗化」は「今までどんな生物でも現実に目撃された最も顕著な進化的変化」であると言った(1)。

他の生物学者たちによって行われた実験が、最初、ケトルウェルの結論を傍証するかにみえた。「工業暗化」が、汚染防止法案の通 過後(おそらく汚染によって幹が黒くならないために)衰退し始めたとき、この衰退は、「工業暗化」が蛾の隠蔽色化と鳥の選択的捕食によるものだとする説に、うまく合うように思われた。

シモフリ蛾の「工業暗化」は、急速に、進行中の自然選択の標準的な教科書サンプルになっていった。ところが、この古典的物語についての疑惑が、ケトルウェルの実験後ほどなくして現れ、現在では、これらの実験に基本的な欠陥があったことが明らかになっている。

古典的物語の問題点

生物学者たちが、ケトルウェルが実験を行ったバーミンガムやドーセット以外の場所に目を移したとき、暗化蛾の地理的な分布の予測と事実との間に、食い違いが生ずることが分かった。例えば、もし汚染された林野の暗化蛾が、ケトルウェルの実験が示すようにみえる選択的有利さを享受しているのならば、例えばマンチェスターのようなひどく汚染された地域では、それらはすっかり標準型と入れ替わっていてもよいはずである。ところが、こういったことは全く起こらず、選択的捕食以外の要因が、暗化頻度に影響を与えていると考えねばならなくなった(2)。

東アングリアの田園地帯には、工業汚染がほとんどなく、標準型がうまくカムフラージュされそうに思えるのに、ここでは暗化型が80%の頻度に達した。そのため共同研究者のリーズ(Lees)とクリード(Creed)は、「捕食実験と人間に対する目立ちやすさのテストがそもそも間違っているか、それとも選択的捕食に加えて何らかの要因が働いて、この高い暗化頻度が保たれているのか、どちらかである」と結論した(3)。1990年、地理的な証拠を再点検したベリー(Berry)はこう結論した――「暗化シモフリ蛾の頻度は、鳥の選別 的な視覚による捕食以外の、何ものかによって決定されているのは明らかである。(4)」

暗化分布の、事実との一つの顕著な食い違いは、それが木の幹の地衣類によるカヴァーと相関関係がないということであった。ケトルウェルでさえ、暗化現象は地衣類が戻ってくる前に下降し始めることに気付いていたし、リーズとその同僚たちは、地衣類のカヴァーと相関関係がないことを発見して、それは「ケトルウェルの選択実験の結果 から考えれば驚くべきことだ」と言っている(5)。グラント(Grant)とハウレット(Howlett)は、もし「工業暗化」の上昇が、もともと樹上の地衣類の衰退によるものであったとしたら、「地衣類がまず回復し、続いて通 常の標準型が回復するはずである。すなわち、隠れる場所が隠されるものより先に回復しなければならない。しかし明らかに事実はそうでない」と指摘した(6)。

アメリカでも、ミシガン州南東の暗化型の頻度が、1960年から1995年の間に、90%以上から20%以下に激減したが、これはイギリスでの暗化型の下降と歩調を合わせるものであった。しかしミシガンでの衰退は「地方の地衣植物群の目に見える変化の全くないところで起こったもの」であり、このことからグラントとその同僚たちは、「地衣類の役割は、オオシモフリエダシャクの暗化の進化物語において、不当に強調されてきた」と結論した(7)。最近では、サージェント(Sargent)とその同僚たちが、「最近の北米におけるB. betularia の暗化の頻度の下降は、暗化の隠蔽的利点という仮説がここでは全く当てはまらないので」、古典的な物語から考えると、これは「頭を悩ませる」ものだと言っている(8)。だから「工業暗化」の上昇と下降は地衣類によるものではないのである。だとしたらなぜ、ケトルウェルの実験において、地衣類が鍵を握るように見えたのだろうか?

オオシモフリエダシャクの正常な止まり場所

実験のときにケトルウェルは、蛾を直接木の幹へと放ったが、「彼らは自分で好きなように止まる場所を選ぶことはできなかった。・・・自由にさせておいたなら、その多くは木のもっと高いところに止まったであろうことは認める」と言っている(9)。しかし彼は、このことを言う必要はないものと考えたのである。

1980年代前には、ほとんどの研究者がケトルウェルのように考えていた。そして彼らの多くが、捕食実験をするのに、死んだ見本を木の幹に糊づけしたり、ピンでとめて使えば便利だと思っていた。しかし、死んだ蛾を使っていた生物学者の中には、こうした方法はまずいのではないかと思った人たちがいた。例えばビショップ(Bishop)とクック(Cook)は、彼らの結果 が食い違うのは、「死んだ蛾を使って実験をするときには、生きた蛾の止まり場所を、実は正確に見定めていないことを示すものかもしれない」と考えた(10)。
この報告に付けられている図版は、死んだ蛾でなく生きた蛾のものである。しかしそれらの蛾は、写 真撮影のために、手を使って望みの背景の上に置かれた(11)。ほとんどの教科書のシモフリ蛾の写 真は、同じように木の幹に手で置かれた見本の写真である(12)。

ところが1980年以来、シモフリ蛾は正常な状態では、木の幹には止まらないことが明らかになった。ミコラ(Mikkola)はこう述べている――「オオシモフリエダシャクの通 常の止まり場所は、小さな、多少とも水平な枝(しかし細い小枝ではない)の下側で、おそらく木の上方の天蓋の部分である。そしてこの蛾が木の幹に止まるのはおそらく例外にすぎない。」また、「夜活動する蛾が、人間の目にも十分明るい照明の中で解放されれば、一刻も早く、またおそらく正常行動に反して、止まり場所を選ぶということは十分ありうる。」従って、「ケトルウェルの出した結果 (1955、1956)は、自然状態での、この型のオオシモフリエダシャクの、鳥または他の捕食者による捕食の実態を証明するものではない。(13)」

ミコラは網で囲った蛾を用いた。しかし野生状態の蛾についてのデータは彼の結論を支持している。25年に及ぶ野外調査で、クラーク(Clarke)とその同僚たちが、シモフリ蛾が木の幹に止まっているのを見たのはたった一匹だけであった。彼らは何よりも「この蛾が昼間をどこで過ごさないか」が分かったと認めている(14)。ハウレットとマジェラス(Majerus)が、イングランドのいろいろな場所でシモフリ蛾の自然の止まり場所を調べたとき、ミコラの網囲いの蛾の観察は野生の蛾についても正しいことが判明し、こう結論した――「ほとんどのB. betulariaが彼らの隠れ場所に止まるということ、・・・そして木の幹の露出した部分は、どんな形態のB. betulariaにとっても重要な止まり場所ではないということは、ほとんど確実のようだ。(15)」また別 の研究で、リーバート(Liebert)とブレイクフィールド(Brakefield)は、ミコラの観察の正しさを確認して、「この蛾は圧倒的に木の枝に止まる・・・その多くは木の天蓋部分の細い枝の、下側か横側に止まろうとする」と言っている(16)。

暗化についての最近の著書で、マジェラスは、この方面 での多くの先人の仕事の「人工性」を批判し、「オオシモフリエダシャクは、ほとんどの捕食実験で、野性状態ではめったにそのような表面 を選んで止まることがないという事実にもかかわらず、垂直の木の幹の上に置かれてきた」と言っている(17)。どうやら自然選択のこの古典的な例は、現実には不自然選択(!)の例であったようである。

結 論

オオシモフリエダシャクが自然の状態では木の幹には止まらないという事実は、ケトルウェルの実験の正当性を覆すものであり、この蛾の「工業暗化」という古典的な説明に深刻な問題を投げかけるものである。隠蔽色化と選択的捕食ということがありえないというのではないが、ある最近の論文は、「厳密な、繰り返された観察と実験の形では、現在のところ、この説明を支持する説得力をもつ証拠はほとんどない」と結論している(18)。

にもかかわらず、教科書は、進行中の進化の一例として、オオシモフリエダシャクの「工業暗化」という古典的物語を提供し続けている。明らかにこれは人を誤らせるものである。とりわけ、野生では止まることのない木の幹に止まっている蛾の写 真を示して、この物語を説明するのは人を誤らせるものである。我々の学生を愚弄してはならない。

notes

(訳文を改変せず、原著者がDiscovery Institute上級研究員Jonathan Wellsであることを明記するかぎり、この論文の非営利的な利用は自由です。)


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