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ベアリンスキー、ウエルズ、IDがロスアンゼルスを魅了

David Klinghoffer
October 28, 2009

科学ドキュメンタリー映画『ダーウィンのジレンマ』の初公開がカリフォルニア科学センターによってキャンセルされて後、Avi Davisのアメリカ自由連盟(American Freedom Alliance)は、ロサンゼルスにおいてあっぱれなやり方で事態を正常に戻した。AFAは、学問の自由の危険があまり及ばない南カリフォルニア大学という、前の場所に劣らない新しい会場を見出した。日曜日夜に集まった約230人というかなりの観衆は、理解力ある知的な人たちだった。ダーウィン論争の両サイドを代表する大学生たち、課外学習でやってきたサンタモニカの教会学校の高校生たち、その他この地域の雑多な人々が集まった。

映画は強力なドキュメントであった。これを観ながら私の心に浮かんできたのは「薄気味悪い」(spooky)という言葉だった。カンブリア爆発はダーウィンの言葉によってはとうてい説明できないという科学的主張と、5億3000万年前のこの出来事が目的をもつデザインによるものだという説得力ある結論が、非常に明瞭に、納得できるように示されているということの他に、私はLad Allen監督が呼び起こしている神秘の雰囲気に強い感銘を受けた。おそらく500万年から1000万年という短い期間に、ほとんどの動物のボディ・プラン(分類上の門や綱)が突如として現れたということは、どう説明されるのだろうか? この映画はドーキンズの断定的な、「この場合、漸次的な変化を考えなければ、我々は奇跡というものに退行することになり、それは何も説明しないのと全く同じである」という言葉を引用している。

アレン、デイヴィド・ベアリンスキー、ジョナサン・ウエルズの3人が、映画のあと、パネル・ディスカッションに登壇した。ダーウィンに疑問をもつ人たちの中のウィリアム・バックレー(雄弁な保守派の論客、故人)というべき、鬼才ベアリンスキーが特に上出来で、フロアからの取りとめもない学生の反対意見に対し、面 白おかしく簡潔な「いいえ」の一言で切り返す場面などがあった。私はまた、ダーウィンの考え方から出た結果 の醜さ、その我々の文化への影響が、この考え方の真理性を判断するのに決して無関係ではないという彼の洞察が気に入った。これはダーウィンのジレンマのもう一つの側面 である。ベアリンスキーはキーツの詩句を引用した――「真は美であり、美は真である――それがこの世であなた方の知るすべて、知る必要のあるすべてである。」この言葉通 り、ダーウィン理論のもたらした結果を、その真理の判断から切り離すことはできない、と彼は指摘した。美は真理の一面 だとする十分な理由がある、と。

高尚な話題だ。しかしベアリンスキーは翌朝、地元のスタジオでの対話番組で、彼の著書『悪魔の惑わし――無神論とその科学の僭称』のペーパーバック新版について話しながら、これを平易なレベルに戻した。その終わり近くに、ダーウィニストの真相話によれば、牛のような動物が海へ歩いて行ってクジラの祖先になったというが、どうしてそんなことが可能なのかというとても滑稽な話をしていた。

翌月曜日と火曜日は、ユダヤ教徒とキリスト教徒たちとの会合だけで手一杯だった。会った相手は、ラビたち、ユダヤ人高校の校長、それにサンタモニカにあるライトハウス・チャーチの非常に変わった人たちだった。我々のラビたちとの会合は、シナゴーグとロサンゼルス博物館で行われたが、私がこれまでユダヤ人の聴衆から経験したことのない、ある強い新発見の感触を得ることができた。スピーカーは再びベアリンスキーとウエルズ、それに私で、ダーウィン論争への三つの全く違ったアプローチを代表するものだった。私の発言内容については後の機会に述べたい。我々は巡回先のライトハウス教会でも三様のプレゼンテーションを行った。ウエルズ博士はIDの基本について、特に効果 的で簡潔なパワーポイントによる発表を行った。

私が今回得た教訓というのは、実社会においては進化論争は、我々の多くが職業的に巻き込まれているのと、全く同じ理由で問題になっているのではないということであった。一般 の人々にとって問題は、科学的問題それ自体でも学問の自由の問題でもなかった。それは彼らの子供に関するものであった。

ラビたちと会合したり、教会で話したりするとき、明らかに信仰が前面 にあり聴衆の心の中心をなしていた。しかし問題であるのは、神とダーウィンを折り合わせるという神学的にやっかいな問題ではなく、むしろ一般 の生活におけるさまざまな煙突、メディアや大学から流れ出る煙の文化的空気汚染の影響であった。一つの非常に高く不気味な煙突がダーウィニズムによって代表されていた。

我々の聴衆は、科学や神学に特に関心があるのでも、過去におけるダーウィン思想の結果 (ナチス、優生学、人種差別的帝国主義)に関心があるのでもなく、今現在の文化が人間の動物視や虚無主義――若者に対して彼らはサルの子孫・親戚 であり、今生きていることは、かつての生命起源や発達と同じく、意味も目的もないものだという絶望の叩き込み――によっていかに腐敗させられているかを憂慮していた。彼らの子供に対する憂慮こそ、世の親たちが(カリフォルニア科学センターとは違って)この討論のキャンセルを許せない主たる理由だと私は考える。

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